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デジタル博物館
(Digital MUSEUM)

ここで展示してる写真は、第二次大戦後期に撮影された、戦闘機の組み立て風景です。当サイトの常連さんで、管理人のネット上での友人でもある雅さんの実家にあったものだそうです。
実家は四国ですが、家の人はそこの工場の関係者だったのかも知れませんね。
貴重な資料を提供して下さった雅さんには、厚くお礼申し上げます。

写真は白黒ですが、経年劣化(主に紫外線)で黄色く変色しています。古い写真の雰囲気を残すようにと、完全なモノクロにはせず、若干彩度を落とす程度にしました。
解像度は96dpi。写真の大きさはそれぞれ微妙に違います。今のような機械裁断じゃないし、上下左右の平行度もズレてるのも多数あります。
また、当時の印画紙のせいか写真機のせいか、表面に無数の細かいゴミ状のが浮かんでます(白い点等)。決して、スキャナーのゴミを拾った訳ではありません。最初からこのような状態でした。また、多くの人に触れられた所為か、表面には細かい傷や汚れも付着してたりします。
目立つ物はフォトレタッチソフトのコピーツールで消しましたが、背景が細かく写ってる部分は消すのが困難なのと、枚数の関係で断念した部分もあります。写真によっては、もの凄い数の白い点が確認出来るのもありまして・・・。
一応、350dpiでスキャンして、色調補正(ウチのスキャナーは、なぜか青寄りで出力される)とトリミングとゴミ取りを行い、CD-R用に240dpi、HP記載用に96dpiにして保存しました。
CD-R用はパソコンでの印刷に適した高解像度。解像度設定が出来るフォトレタッチソフト(フォトショップ等)でそのまま印刷すると、元の写真の大きさで印刷されます。保存時のJPEG圧縮は「最高画質(低圧縮)」(フォトショップ5.5、12段階の10)にし、圧縮時のブロックノイズを極力減らしてます。HP閲覧用はサーバー容量と転送速度を重視し(注、「普通」(12段階の7)にしました。
HP閲覧用はパソコンのモニターにもよりますが、モニターの画面で見ると実際の写真の大きさで表示されるように、96dpiとしました。また、写真の著作権は、所有者である雅さん(注2にありますので、無断転用を避ける為に右下にマークを入れてます。

※(注:当サイトは、ダイヤルアップ回線でもストレスなく表示されるのをモットーとしてます。

※(注2:雅さんは戦闘機に詳しくないそうなので、ご質問は管理人宛でお願いします。

整理番号1番の写真の裏側
台紙から剥がした跡が見受けられます。

その後、沢山の方から情報を提供して頂き、この機体名は『川西 「試製紫電」(N1K1-J)』と判明しました。(その後の量産型が、『川西 N1K1-Ja 局地戦闘機「紫電」11型 [日本海軍]』 のようです)
情報提供、心より感謝申し上げますm(_ _)m。
(管理人に知識無いのがバレバレだ〜)

参考サイト様: 第2次大戦の花形戦闘機 図面集01

CD-Rに収録されてるデータには「雅」マークは入れてませんし、写真裏の検印やメモらしき書き込みも全てスキャンしてあります(注:メモは全ての写真に書かれてる訳ではありません)。また、写真の裏には整理番号らしきものが書かれており、その順番に並べてみました。最後の10枚は、番号書かれてませんでしたが。写真の表側、下の隅の方のメモらしきものは、黒いのは当時、ペンで書いたらしく、白いのは印画紙に浮かんでます。

パソコンでのプリンター印刷用高解像度データを収めたCD-Rの詳細は、下記をご参照下さい。

※2009年7月31日をもって、データCD-ROMの配布を終了致しました。

不躾な意見をいくつか貰ったので、特別注意事項追加(2008年10月28日 追加)

※ちょっと見苦しいので、以下反転。

・ここに収録されてる全ての写真データの無断転載を禁止します。

・また、今後一切、商用利用に貸し出す事は致しません(元写真&スキャンデータ)。

・CD-ROM販売の為に、このページがあるわけではありません。その辺、勘違いされてる業者がいるようなので、認識を改めて下さい。

・業者と思われる方、及び会社のメルアドの方には、CD-ROMは販売致しません。

・雅氏の元には、正式な所有者である物的証拠が保管されてます。著作権に関して勝手な、しかも勘違いはなはだしい意見を述べるのは、お止め下さい。非常に不愉快極まりないです(`Д´)ノ。

・これらの写真に関する質問・意見は今後一切受け付けません。来ても無視します。


整理番号順 1ページ当たり5枚ずつ表示

1-5 6-10 11-15 16-20
21-25 26-30 31-35 36-40
41-45 46-50 51-55 56-60
61-65 66-70 71-75 76-80
81-85 86-90 91-95 96-100
101-105 106-110 111-115 116-120
121-125 126-130

この写真には、戦闘機の組み立て風景と共に多くの働いてる方々も写ってます。
裏の検印や当時製造されてた機体から、おそらく「川西航空機姫路製作所」(注3だったと思われます。
ある方よりメールでご指摘されて気が付いたんですが、終戦間近の昭和20年6月22日午前に、B29の編隊約60機による爆撃が一時間にも及び、工場のみならず周辺の民家なども巻き込んだ大惨事に見舞われました。公式発表によると、死者341名、重軽傷者350名にも及んだそうです。
現在、兵庫県姫路市のJR京口駅前には、慰霊碑が建立されてます。
犠牲になった方々に哀悼の意を表すと共に、心よりご冥福をお祈り申し上げます。

参考サイト様:殉国の碑 サイト内「都市空襲」より

気が利かない管理人にご指導下さり、誠にありがとうございましたm(_ _)m。

※(注3:その後、メールで頂いた情報によると、「川西航空機姫路製作所」ではなく 「川西航空機鳴尾製作所」だそうです。
詳しい根拠は聞いてませんので、とりあえずこのような形で修正しておきます(姫路じゃない事は確からしい。地元の方より)。


(2005年7月12日 アップロード : 2009年8月1日 更新)

 

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